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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)1242号 判決

主文

一  被告らは原告に対し、各自一七八六万九八二一円を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

第一  請求の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

本件は原告が被告ら各自に対し、代位弁済金に対する遅延損害金残金一七八六万九八二一円(本件損害金債権)の支払を求め、被告らが、右遅延損害金の消滅時効を主張した事案である。

一  争いのない事実等

1  別紙請求の原因記載の事実(請求原因2の事実は原告と被告らとの間で争いがなく、同3、4(2)、7の事実は原告と被告山内との間で争いがなく、その余の事実は、《証拠略》により認定)

2  訴外会社は、昭和五一年一〇月五日、破産宣告を受けた(当庁昭和五一年(フ)第八八号、本件破産事件)。

3  岡崎信金は、借入金(1)ないし(3)の残元本(本件原債権)を破産債権として破産裁判所へ届け出た。

本件原債権は、右破産事件の債権調査期日(昭和五二年四月一九日)において、管財人及び破産債権者から異議が述べられなかつたので確定し、また、破産者からの異議もなかつた。

4  原告は、昭和五二年五月三一日、岡崎信金への代位弁済により岡崎信金が届け出た破産債権二六六八万六七四三円のうち二五三〇万〇七六〇円について、岡崎信金から譲渡を受けたとして、岡崎信金と連名で破産債権名義変更届を破産裁判所に提出し、その旨債権表に記載された。

5  右破産事件は、昭和六二年一二月二四日終結決定が出され、右決定の主文及び理由の要領が昭和六三年一月三〇日付け官報に公告された。

6  原告は、平成三年五月一日、本件訴えを当庁に提起した。

三  争点

1  訴外会社は商人であり、その委託により保証した原告の求償権は五年で時効消滅するところ、本件損害金債権も、その発生から五年を経過しており、時効により消滅した。

2  原債権の承継によつて、求償権が時効中断するか。時効中断する範囲は、求償権の全部(元本及び損害金)か、元本部分のみか。

(一) 原告が承継した本件原債権は、本件破産手続の継続中は時効が中断しているから、本件損害金債権もまた時効中断しており、原告は消滅時効が再び進行を始めた本件破産事件の終結公告から五年以内に本件訴えを提起したから時効は中断した。

(二) 本件原債権は借入金(1)ないし(3)の元本に限られており、仮に、求償権(1)ないし(3)のうち右借入金元本に対応する部分が本件破産手続の継続中は時効中断しているとしても、本件損害金債権は時効中断していない。

3(一)  被告杉浦は昭和六三年六月三〇日、原告に対し本件損害金債権について減額要請及び支払猶予を求める意思表示をした。

右は時効中断又は時効の利益放棄あるいは時効完成後の債務承認であるから、同被告は時効の援用権を喪失している。

(二)  右主張は、原告が故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した攻撃防御方法で、これによつて訴訟の完結が遅延することが明らかであるので、その却下を求める。

第三  争点に対する判断

一  争点1

訴外会社は商人であること、原告は訴外会社の委託によつて保証人となつたことは前記認定のとおりであり、本件損害金債権がその発生から五年を経過したことは明らかである。

二  争点2

1  原債権の承継によつて、求償権が時効中断するか。

原債権と求償権とは、元本額、弁済期、利息・遅延損害金の有無・割合を異別にしており、総債権額がそれぞれに変動すること、債権としての性質に差違があるために別個に消滅時効にかかるなど、別異の債権であることは否定できない。

しかし、民法五〇〇条の弁済による法定代位の制度は、代位弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として、弁済によつて消滅することになる債権者の債務者に対する債権(原債権)及びその担保権が当然に代位弁済者に移転され、代位弁済者がその求償権を有する限度で右原債権及び担保権を行使することを認めるものである。代位弁済者に移転した原債権及び担保権は、求償権を確保することを目的として存在する附従的な性質を有し、求償権が消滅したときはこれによつて消滅し(債権が満足を得られない時効消滅の場合もこれを肯定する。)、その行使は求償権存在の限度によつて制約されるなど、求償権の存在、その債権額と離れ、これと独立してその行使が認められるものではなく、代位弁済者に原債権が移転したときは、原債権は求償権の従たる存在として、求償権の満足のための手段的な地位にあることになる。

したがつて、本件のようにすでに原債権が破産債権として届け出がされて時効中断し、その後これを弁済した代位弁済者が原債権の承認を破産裁判所に届け出た場合は、求償権自体について直接時効中断手続を講じていなくても、求償権もまたその時効中断の効果を受けるものと解するのが相当である。

2  時効中断の範囲

(一) 破産手続参加(民法一五二条)は、時効中断事由である請求(民法一四七条一項)の一態様であるが、請求に時効中断効が認められる理由は、「権利者によつて真実の権利が主張され、(中略)そのために、真実の権利関係と異なる事実状態、すなわち、時効の基礎たる事実状態の継続が破れるからである。」(我妻・新訂民法総則・四五八頁)とされる。

そうすると、時効中断の範囲を判断する場合においては、権利者の権利主張の意思の範囲を検討しなければならないというべきであり、権利者が権利の一部のみについて明示に権利主張をした場合には、その部分に限つて時効中断効を認めることになるが、権利の一部を除外する意思のない場合には、権利の全体について時効中断の効力が生ずると解するべきである(最高裁昭和四五年七月二四日判決、民集二四・七・一一七七参照)。

(このように解すると、本件借入金の利息と本件求償権の損害金債権は、権利主体が異なるから、届け出のされた本件原債権が元本債権のみであることを理由に、本件求償権の損害金についての時効中断を否定することをできないし、また、仮に、本件借入金の破産宣告後の利息が劣後的債権として届け出がされていたとしても、そのことから当然に、本件損害金債権に時効中断の効力が生ずると認めることもできない。)

(二) そこで、原告の権利主張について検討するに、昭和五二年五月三一日に、破産裁判所に提出された原告と岡崎信金の連名の破産債権名義変更届には、岡崎信金が原告から二六〇九万八三五七円の代位弁済を受けたので、岡崎信金が届け出た債権二六六八万六七四三円のうち二五三〇万〇七六〇円を原告に譲渡した旨記載されていること、原告を債権者、訴外会社の破産管財人を債務者とする、被告杉浦所有不動産に対する不動産競売事件(当庁昭和五六年(ケ)第三三七号)においては、求償金元本に対する損害金の請求をしていたこと、原告を債権者、訴外会社の破産管財人を債務者とする、訴外会社及び坪内東洋所有不動産に対する不動産競売事件(当庁昭和五七年(ケ)第二五号)において、求償金元本に対する損害金の請求をしていたこと、原告は訴外会社の破産管財人に対し、別除権行使による不足額が確定した旨の届出書(当庁昭和六二年九月一四日受付)を提出し、その充当明細において損害金を記載していることが認められる。

以上によると、破産債権名義変更届には、原告の権利行使の範囲を明示した記載はないものの、前記各不動産競買事件では、原告の求償権に対する損害金を請求する意思が明確であり、右不動産競売開始決定は訴外会社の破産管財人に送達されたと推認され(民事執行法一八八条、四五条)、また、別除権行使による不足額確定の届け出においても同様に求償権に対する損害金を請求する意思が明確である。

したがつて、原告において求償権(1)ないし(3)の元本はもとより、その損害金を請求する意思は明確であり、更に、訴外会社の破産管財人は、原告が求償権の損害金請求権を殊更に除外する意思でないことを了知できたものであり、本件原債権の時効中断の効力は、求償権(1)ないし(3)の元本及びその損害金(本件損害金債権)に及ぶものと認められる。

もつとも、時効中断のための権利主張は、明瞭なものでなければならないとの観点からすると、本件においては前記不動産競売手続はともかく、本件破産手続内においては、破産終結段階での別除権行使による不足額が確定した旨の届出書において初めて原告の損害金債権の請求意思が明瞭となつたともいえ、手続的に明確性を欠く憾みがないわけではなく、実質的には原告の債権届けに準ずる破産債権名義変更届において、原告の求償権の範囲を明らかにすることが相当であつたと思われる。

第四まとめ

以上のとおり、本件原債権が破産債権として破産裁判所に届けられた後、代位弁済によりこれを承継した原告が、破産裁判所にその旨届け出た結果、本件求償権は時効中断したもので、その範囲は、原告においてその損害金を除外して請求する意思であつたとは認められないから、求償権の元本及び損害金に時効中断の効力が生じたものである。

そして、本件損害金債権の消滅時効が再び進行を始めた本件破産事件の終結公告から五年以内に、原告は本件訴えを提起しており、本件損害金債権の時効は中断した。

(裁判官 竹内純一)

《当事者》

原 告 愛知県信用保証協会

右代表者理事 新美富太郎

右訴訟代理人弁護士 酒井廣幸

被 告 杉浦淳也

右訴訟代理人弁護士 成田 清

右訴訟復代理人弁護士 成田 薫 同 長谷川留美子

被 告 山内智敞

右訴訟代理人弁護士 高山光雄 同 増田聖子

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